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日本知識大会

2008年第1回東北地域笹川杯感想

「第1回東北地域笹川杯日本知識クイズ大会」についての感想文

渤海大学 日本語学部4年 杜冰(日本語原文)

無題

渤海大学 日本語学部4年 杜冰(日本語原文)

 時間がたつのは本当にはやいものです。今年の10月に、大連で行われた「東北地方首届笹川杯日本知識クイズ大会」に参加してから、もうすぐ一ヶ月半になります。思えば、未だどきどきします。  大会の一ヶ月前から、私たち三人が先生の指導を受けて、問題範囲を三つの部分に分けてから、協力で準備を始めました。勿論、個人的に準備するだけでなく、何度も三人の打ち合わせをしました。この試合のお陰で、団体協力の重要性がわかるようになりました。それに、準備するほど、日本に対する興味や好奇心が強くなってきて、いい勉強になりました。  筆頭試験の時は、とても緊張していました。もし、ここで負けたら、もう一人の選手は、何も始まらせずに、この試合とのご縁はしまいますから。仲間の為にも、頑張らなくてはならないと思いました。うれしいことに、私たちは無事にパスしました。  後の試合は、私たちにとって、ほんとうにどきどきの連続でした。十チームから五つを選び出し戦、復活対戦、記憶対戦、決戦。すべての段階を体験しました。ある意味で、とっても充実でした。最も重要なのは、これらの対戦を通して、自分自身の問題に気づいたことです。一つの国の知識は、ただ一ヶ月ぐらいの短期間で身に着けられるものではありません。普段の勉強と授業外の読書も欠かせないんです。今度、私たちは優勝しましたけど、まだ迷った問題がたくさんあって、まだまだ勉強不足です。これからもより一層努力する所存でございます。  また、試合の後、ほかの大学の選手とも少し接してみました。中には、交換留学生として、日本留学する経験を持っている学生もいました。皆さんのぺらぺらの日本語を聞いて、感心のほか、自分の日本語に恥かしく思ってしまいました。でも、今はもう大丈夫です。その恥ずかしさは、すでにこれからの勉強する力になりましたから。  要するに、このクイズ大会を通して、日本語の勉強意欲がさらに強くなってきました。このようないい機会をくださいまして、誠にありがとうございました。

渤海大学 日本語学部4年 陶健(日本語原文)

渤海大学 日本語学部4年 陶健(日本語原文)

 10月22日、私達は初めて、笹川日本知識クイズ大会に参加しました。このクイズ大会のおかげで、私はいろいろなことを勉強しました。ここで、笹川日本知識クイズ大会の主催の皆様に謝意を表します。 今から考えて、私達が優勝した時、みんなが夢かだとばかり思っていました。この優勝は、私達にとって、本当に容易ではなかったのです。 まず、感謝すべきのは私達の先生です。渤海大学は中国の一流の大学に比べて、あまり有名ではありませんが、教育も設備も素晴らしいと思います。特に、私達所在する日本語学院に立派な先生が大勢います。先生たちは豊富な知識を持っていますし、学生を愛しています。私達は授業で書物上の知識だけでなく、いろいろな面のことを勉強することができます。日本からいらっしゃった先生も何人います。先生の方々はいつも日本の政治、経済、文化などに関することを教えてくださいます。今回の優勝は先生たちの努力がすごく重要だと思います クラスメートの皆さんもずっと応援してくれます。普段、私達は一緒に勉強したり、本を読んだり、お互いに交流したりしています。クイズ大会の準備をしていた時、友達が多くの資料を貸してくれました。とても役に立ちました。彼らにも感謝しなければなりません。 チームの三人の団結力は本当に助かりました。みんなが自分の長所を発揮して、一丸となって努力して、お互いに信頼します。チームワークがいいからこそ、優勝ははじめてできます。 とにかく、今回のクイズ大会からいろいろなことを習うことができました。本当にいい勉強になりました。これからも、もっと頑張ります。自分の力で日本のいいところをほかの人に教えたいです。ずっと、ずっと。

渤海大学 日本語学部 4年 那娜(日本語原文)

渤海大学 日本語学部 4年 那娜(日本語原文)

 先日、「笹川杯日本知識クイズ大会」に参加して、日本を訪問する機会を得まして,嬉しく存じております。その機会を下さった日本科学協会に厚くお礼申し上げます。 そのクイズ大会の通知が届いて以来、私たち三人は真面目に準備し始めました。勉強すべき内容が多いから、三人で手分けして勉強しました。つまり、一人は歴史、地理の方面を担当し、一人は文化の方面を担当し、ほかの一人は文化の方面を担当しました。勉強しているうちに、分からないところがあった時、三人一緒に相談しました。つまり、団結力を発揮すればこそ、勉強がスムーズにできたのです。 今回のクイズの問題は本当に難しかったです。なぜかというと、色々な方面にわたるばかりでなく,細かいところまで及びますからです。「やっぱり勉強不足だなあ」と私はしみじみ感じました。また、もっと日本のことを理解したいという気持ちになりました。日本語学科の学生としての私はもし日本のことをよく分かったら、きっと日本語の勉強にも役に立つと思っています。 クイズ大会の後、他の大学の学生と交流することは本当に楽しかったです。日本語を勉強して以来の経験や卒業後の計画など色々と話し合って、友達も作りました。特に、その中の女一人は日本に留学したことがありますから、発音は非常にきれいです。「羨ましいなあ」と私は思って、「これからもっと頑張ろう」とひそかに決心しました。 この度のクイズ大会を通して,私はいい勉強になりました。それに、日本人の諸先生の優しい笑顔が私の心に深く残っています。また諸先生とお会いすることを楽しんでおります。

大連外国語大学 日本語学院4年 曲璐璐(日本語原文)

大連外国語大学 日本語学院4年 曲璐璐(日本語原文)

 日本に留学している時、テレビでいろいろなクイズ番組を見たことがある。それを通し、漢字から常識まで幅広い知識を得られることが視聴者の私にとって毎週の楽しみだったのだ。しかし、今回自分自身も参加者としてクイズ大会に出場できるとは思わなかった。 事前の勉強が大変だったが、チームメンバーの3人で力をあわせ、一緒に資料を調べたり、互いに前日に覚えた内容をチェックしたりするうちに、チームワークの大切さをしみじみと感じた。そのような風景を毎日繰り返し、ようやくクイズ大会を迎えることになった。一日目の団体戦ではよい成績を取れなかったが、3人とも諦めず、反省を力にして、二日目の個人戦の準備に取り組んだ。翌日、私は代表として、他の2人のメンバーの支えのもとで、司会者からの一問一問に冷静に答えた。10問を終えた瞬間、試合の結果はもう重要ではなく、私はもっと大切なことが分かったような気がした。 それは、人生もクイズ大会と同じように、絶えず問題に回答する過程ではないかと思ったことだ。周りの仲間に支えられ、前向きに、冷静に一つ一つの難問に答え、正確だったら、その喜びをみんなで分かち合い、たとえ失敗しても、諦めずに堅実に歩み続ければ、きっといつか自分なりに正しい答えを見つけられるに違いないということだ、私が今回の日本語知識大会から教わった人生の智慧であった。

遼寧師範大学 外国語学院 日本語学科4年 孟菲(日本語原文)

遼寧師範大学 外国語学院 日本語学科4年 孟菲(日本語原文)

 “日本の三大新聞は何でしょう?”  “へ〜ど、毎日、読売(どくばい)…” “何ですか?” “どくばい〜間違えてますか?” “読売(どくばい)?読売(よみうり)でしょう?それをクイズ大会で言ったら笑われますよ!”って先生に言われました。 それが事前勉強をしたばかりの時の私のレベルです。もう4年生になったのに、読売の読み方をまだ知らなかったのは今思うととても恥ずかしい間違いだったと思います。 私はいわゆる良い生徒ではありません、話し言葉だけは同級生よりちょっと自信があったので先生に選ばれて、チームのリーダーとして日本知識クイズ大会に参加することになったのです。 小さい時から、私は歴史や地理が苦手なので、クイズ大会でいい成績をとれるなんてぜんぜん思いませんでした。それに、問題の範囲もよくわからないのでどうやって準備したら良いかまったくわかりませんでした。幸いなことにうちの大学には鈴木先生という日本の知識にとても詳しい日本人の先生がいて、細かい点まで親切に教えてくれました。日本の都道府県の読み方と位置、日本の歴史、日本の有名な祭り、日本の文学、日本の最新情報など…週1回の勉強会で、私たちは日本のことを楽しみながら多方面にわたって、いろいろと勉強しました。それだけではなく、クイズで私が得意とする分野、苦手な分野が理解できて勉強するの楽しさもわかってきました。日本の地理や地形にも興味を持つようになりクイズ大会が終わってからも、もっともっと日本のことについて詳しく知りたいと思いました。もちろん、最初のころとぜんぜん違って、クイズ大会の直前にはみんなが自信を持つようになりました。 私にとって、クイズ大会で得たことは知識だけではありません。激しい対戦現場ではチームの三人が協力して、お互いに支え合って、問題を答えないといい結果が出ません。団結するのはそんなに重要なのがはじめて理解できました。 そしてクイズ大会でほかの大学の日本語学科の人たちと友達になれたこともよかったです。その後、会社の面接などで会うと親しみが持ててとても嬉しかったです。 クイズ大会のお陰で、私は知識をはじめいろんな面で成長できて、いい経験になりました。今度チャンスがあれば、またぜひ参加したいと思います。関係者の皆様ありがとうございました。

瀋陽航空工業大学 王喩

「一生忘れられないこと」(日本語原文)

瀋陽航空工業大学 王喩

 今年の月の上旬、私は東北地方「第一回笹川杯日本知識クイズ大会」に参加することになり、光栄の至りだと思われた。伝統的な弁論大会と違って、今度はまったく創意のあるコンクールに違いない、なぜならば、それは日本の政治から文化までいろいろな領域に及ぶだけでなく、趣旨のある面白いやり方で行われる、自分の知識まだ欠けていると考慮して、こういう珍しいチャンスをきっかけに、この一ヶ月間を利用し、図書館の資料はもちろん、インターネットのニュ-スも見逃さないようにいろいろしらべておいた。
 今度の大会は“海浜の城”大連で行われた、大連への旅行は始めてなので興奮でならなかった、しかし、もっとも私を興奮させたはやはりクイズ大会だった。東北師範大学、大連海事大学、大連外国語学院、遼寧大学など国内有名な大学が大会に参加したので、優勝でいるかどうか心配するはずだが、やった以上は実力で対戦してみよう!
 大会個人戦と団体戦に分けた。残念なことに、うちの学校は団体戦で敗北敗北してしまった、隊長として、私は張り切って,個人戦で奇跡を作ろう意気込んでいた。事前に十分に準備しておいたから。
 激しい対戦した結果、渤海大学は一位で優勝したが,それは彼らの博大な日本知識や謙虚謹慎な態度と密切な関係があると思う。
 個人戦が後についてきた、禁じをない緊張感と感動が同時に私に湧いて来た、学校の代表としてきたので,努めて優勝できるようにと自分に暗示をかけた。ただいくつの判断問題と三つの選択問題が出てきたが、選手たちが自分で頭の記憶で探したり,激しく張り合って対戦したのだった。最後にどきどきして自分の名前が自分の耳に入ったその瞬間、私は涙ながらに、何もいえなかった、それは私の一ヶ月間の準備への回報ほかならない!
 その晩、大会の主催者ー日本科学協会が高級なホテルで宴会お開きくださったおかげで、他大学の学生との交流チャンスが得られた。自分自身の日本語はまだ足りないことがわかったので、今後の努力方向も明白になるわけだ。もちろん、一番重要なのは今度の大会は中日の文化交流を新しい方向に促した。今回の大会も私の記憶で深い印を刻んだ。

大連理工大学 外国語学院 日本語学部 4年 劉振宇(日本語原文)

大連理工大学 外国語学院 日本語学部 4年 劉振宇(日本語原文)

 やっと終わった!一ヶ月の努力と苦労が続いてついにこの一瞬間に仕返した。緊迫された精神もすっきりなった。会場を出て行って、海風に染み込んだ空気を深く呼吸して、この一ヶ月の体験を回想しながら、成長の感じを味わった。 司会者の役を担当させる知らせが届いた瞬間、わくわくして、自分の興奮の気持ちを抑えてた私、責任感に従った巨大な圧力も感じられた。どのようにすれば、自分の能力を尽くして、クイズ大会を旨くて、完璧に開催するのか、それは私のはじめの考えであった。 以前はいくつかの大型の夕べや競技などの司会を担当した経験があるけれども、。今回は日本語でやるので、母語と違って、会場に対するコントロールも自然的なニューアンスも多かれ少なかれなりない。私やはり自分がこの使命をうまくやれるかどうか、心配していった。 毎日ネットを通じて自分の考えをパートナーと交流して、一歩づつ推敲して原稿を何回も書き直した。だんだん大会のプログラムを熟知しただけでなく、時々おもしろいアイディアも出てきた。ちょっと疲れたが、私の単調でつまらない大学四年生の生活も多彩となった。 大量の準備を通すことしかできなくて、大会の過程で現れるかもしれない問題をできるだけ推測して、それに即する対策を定めた。完全に保証することができないけれども、多かれ少なかれ私の自信が湧いてきた。 クイズ大会が開催された前、会場をもっと熟知するとともに、司会の原稿を最後に改善するため、大連外国語学院に駆けつけなければならなかった。実に言えば、その二週間は確かにとても疲れた。朝六時に起きて、理工大学から出発して、約一時間の自動車で到着した。大会の問題を出し上がった後、更に忙しくなった。ひとつの問題の答えを分かる程度だけでなく、答えについての説明を作り出さなければならない。政治、経済、娯楽などの各面に関する問題は六百個以上となり、作業量は想像以上に多かった。しかしあの期間の私は最も興奮したのだ。クイズ大会の開催に従って、私達の準備もますます十分になった、その達成感と喜びは言葉で表しがたいだ。 すべての努力と疲れで、ついに10月22日を迎えた。決勝戦の当日、舞台の回りの来賓と学生たちを見て、ずっと不安であった私はかえって落ち着いた。一ヶ月の努力はただこの日だけのためだ、ずいぶん準備した私はすべて予想に沿って、自分の能力を発揮した。時間に従って、私も場内の選手達といっしょに日本に関する知識の海に溶け込んだ。 二時間のクイズ大会はまたたく間に幕が下りた。一ヶ月くらい圧力に圧迫された心身はやっとリラックスした。受賞した選手たちの興奮の表情を見て、私も極めて満足した。自分がみんなの期待を裏切らなくて、私自分の使命をやり遂げた。 最終の決勝戦はごく短い二時間だけであるけれども、私はこの一ヶ月の準備を通して、たくさんのことを身に着けた。言語力だけではなくて自分の精神もを豊かになり、日本に対しての理解もより一層深くなった。これがこそ、未来の一生の財産である。

大連外国語学院 日本語学院5年 石旖旎(日本語原文)

大連外国語学院 日本語学院5年 石旖旎(日本語原文)

 先日私の大学で開催された笹川杯日本語クイズ大会の司会進行役を務めました。 私の大学では、日本語が上手で優秀な学生が大勢います。そんな中で、これまで司会を担当した経験が一度もなかった私を抜擢していただいたことに、当初私は大変ありがたく思ったのと同時にプレッシャーにも感じていました。 クイズ大会は大学生活動センターで行われました。大会が始まる一ヵ月前から、私は寮と活動センターを往復する日々を送り続けました。もちろん私だけではありません。日本語学院の院長先生、副院長先生、総務を務める先生や、活動センターでマイクなどを用意してくれるスタッフたちにとっても、それは自分の仕事と大会の準備を両立させなければならない、忙しい一ヵ月間でした。その上、素晴らしい日本語クイズ大会を開催できるようにと、新しい機械が購入され、大連理工大学からいらっしゃった郑博士に操作していただくことになりました。今回の司会を担当して、私は初めて博士とお話しをしたり、食事をご一緒させていただく機会を得ました。それは本当に心躍るできごとでした。 予選から決勝戦まで、様々な形式の新しい問題が必要です。皆さん週末以外はほとんど毎日活動センターに集まり、面白くて正確なクイズ問題を完成させるよう、力を合わせて知恵を絞っていらっしゃいました。私はそんな先生方の一生懸命な姿を見ていて、自分も人一倍頑張らなければならないとつくづく思うようになりました。 そして、いよいよ予選が始まります。親友の美チャンは緊張している私に「今日はまだ決勝戦でもあるまいし緊張することはないよ。精一杯やればいにチャンならきっと大丈夫だよ」と言ってくれました。でも私は客席に座っている何百人もの観客の視線が気になってしかたがありませんでした。このままだとダメになってしまうのではないか、と私は心配していました。しかしその時、緊張を抑える方法は一つもありませんでした。 予選が始まったのは午後の三時でした。そして音楽が流れ、私は舞台に立ちました。しかしその時、私は頭の中が真っ白になって、いろいろと準備してきたセリフを全部忘れてしまいました。会場は五秒くらいの間、静寂が続きました。みんなから注目されていた私にとっては、生涯で一番長くて恥ずかしい五秒間でした。ところが、すべての観客(後輩たち)は、揃って私に応援の拍手を送ってくれました。こんなダメな先輩を励ましてくれて、支えてくれているのだと思うと本当に感動しました。後輩たちの笑顔や拍手の響きのおかげで、私は自信をもつことができました。みんなから力をもらっているので、もう緊張なんてしません。だから、そのあとの予選も次の日の決勝戦も、順調に司会進行を続けることができました。 クイズ大会が終わった後、「すばらしかったよ」とか「お疲れ様でした」と、日本から来られた先生方やほかの大学の先生方も私を褒めてくださいました。でも、それは私の大学の先生方とやさしい後輩たちがくれた栄誉です。この思い出は私の一生の宝物になるに違いありません。そして、大外の学生でいることができてよかった。誇りに思える後輩たちがそばにいてくれて、よかったです。また今回の笹川杯日本語クイズ大会で、本当にいろいろと勉強になりました。この両国の若者にとって有意義な活動を続けていただければよいと思います。

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