※原文が日本語の声は、原文を尊重して手を加えず掲載しました。
原文が中国語の声は、原文に忠実に和訳して掲載しました。
浙江越秀外国語学院 日本語専攻三年 宋 鑫鈴
エリックカールの動物散歩」感想文
この本は、第一次、二次世界大戦間の生い立ちから現在にいたるまでの、筆者カールが日々の暮らしの中で出会った身近な動物たちのことを語る19の物語です。この本の前書きによると、カールがこの作品を書いた理由は、幼い頃にカールの絵本を楽しんで大人になった人たちから、もう少し年上の子どもや若者に向けた本を書いて欲しいという問い合わせに励まされたから、だそうです。カールは動物が好きだった父親から、たくさんのことを学んだそうです。そのことを思い出し、この作品を創ったのです。そして、この作品は、カールの父親に捧げられています。
カールが書いたこれらの物語は、行間に家族や動物への愛が込められています。父親と散歩中に見たアリの巣や、おばあさんの家に行く途中でヤモリの尾が切れた跡を触ったことを見て、カールは自分の子供の頃のことを思い出しました。仕事が休みの日に、カールのお父さんはよく彼を連れて、ゆっくり長い散歩に出かけました。ある日、森と牧草地のあいだで、アリ塚を見つけました。そうっと手をふれると、アリたちがいっせいに出てきて、巣を守ろうと右往左往し、せっせと巣を修理します。そのさまを、彼らはじいっと観察しました。そして、「あの大きなカシの木の根元にある穴を見てごらん。」と、お父さんは指さしました。カールは、お父さんの手につかまっていました。その時のお父さんの手の感触や形を、そして手の甲に生えていた毛や青くうき出た血管、手入れのいき届いた爪の根元にあった半月形の白い部分までを、カールは今も覚えている、と書いていました。
これらの物語を読んで、私もカールに共感しました。私も多くの記憶が蘇ってきました。両親は仕事が忙しいので、小さい頃は祖父の家に住んでいました。祖父の家から歩いて20分ほどのところに、ハスの花畑がありました。夏になると、祖父はいつも私をそこに連れて行って蓮の実を摘んで食べていました。ハス畑の上空を多くのトンボが飛び交うのを見ることができました。ある日、突然ひどい雨が降り始めた時、祖父は大きなハスの葉を取って、傘の代わりに私の頭にかけました。そして、私の手を引いて走って家に戻りました。
私も生活の中の小さな自然を愛しています。例えば、一緒に暮らした子猫とカメのことを覚えています。そして、道端にしゃがんでアリを見て時間を忘れたことも覚えています。私はこの本に書かれた戦争を経験したことはありませんが、彼が書いた感情はすべて理解することができます。自然と触れ合った記憶はいつも深いです。動物とは言語でコミュニケーションすることはできませんが、それらと繋がることはできます。動物から学ぶことも多いと思います。そして、家族と過ごす時間はとても貴重です。私を読みながらこれらのことを再認識しました。だから、私はこの本を読むことができてとても楽しく感じました。ほかのみなさんも、機会があればこの本を読んでみて、自然と付き合う時の楽しさを感じてほしいと思います。
浙江越秀外国語学院 日本語専攻三年 陳 炫羽
「スマホ中毒症」感想文
皆さん、こんにちは。今日ご紹介する本は、志村史夫さんの「スマホ中毒症」21世紀のアヘンから身を守る21の方法です。本書では、半導体研究のトップランナーとして日米の大学、企業で研究を続け、ITを知り尽くした物理学者が、中高年にとって本当に必要なIT機器と、スマホに依存しすぎない“智恵のある少欲知足”の生活をおくる方法を紹介します。その名の通り、アヘンは人の精神を麻痺させ、中毒を続ける麻薬であり、作者は携帯電話などの電子製品をアヘンに例えたことからも、作者の憎しみがうかがえます。
私はかつてネット上で、清朝末期にアヘンを吸って横になっている人と、今はソファーに横になってスマホをしている私たちを比較する写真を見たことがあります。いろいろ考えさせられます。科学技術の発展に伴い、スマホの機能はますます豊富になっているので、人々はショッピング、テイクアウト、情報検索などの多くの機能を実現することができます、人々の欲望を満たし、ペースの速い生活の中で貴重な時間を大幅に節約しました。ショートビデオの台頭により、人々はスマホのメリットに溺れてしまいます。
私自身を例にとると、日本語を勉強する前にビデオを見てリラックスしたいと思っていますが、ビデオを見ていると止まらず、あと五分待ってから10分待っていると、いつの間にか1時間が過ぎてしまい、スマホを見てはいけないと後悔し始めます。
スマホは知らないうちに私たちの意識を麻痺させ、私の時間を消費し、これは慢性毒のように私たちの生活を徐々に浸食してきます。体へのダメージはもちろん、視力の低下、頸椎の損傷、睡眠の質の低下を引き起こすなどことがあります。精神的にも深刻な被害を残します。授業中は注意力が散漫で、スマホに触らないと安心感がないような気がします。徐々に独立して深く考える能力を失い、授業中に先生が出した宿題は、最初のステップは自分で考えるのではなく、人工知能を利用して調べることです。ネット詐欺の事例が続出し、毎月の安全クラス会が通報するケースが多い。
では、現代生活でスマホをよりよく使うにはどうすればいいのでしょうか。以下の点があると思います。自分を邪魔するアプリをアンインストールします。学習を開始する前に、自分の今日の任務を箇条書きにし、自分に任務奨励メカニズムを実行する。学習時にスマホをスクランブルモードにして外乱を減らす。週末は運動や会食を利用してスマホへの注意力を減らすことができます。
スマホを自分の所有者にするのではなく、スマホの所有者になってほしい。
浙江越秀外国語学院 日本語専攻三年 黄 開開
「なかなかいい生き方」感想文
「なかなかいい生き方」は平岩弓枝先生の日常についてのエッセイ集です。ゆったりとした生活リズムの中で、平岩弓枝先生は、生活の中に隠された細かな部分や、その裏側にある喜怒哀楽を掘り起こしていくのです。そうした生活の些細なことから、過去や歴史、あるいは他者の見方へと発想を広げていくのです。エッセイ集のストーリーは長くはありませんが多いです。猫を飼っている「花子さん」、懐かしい先輩作家、旅先で出会った楽しい出来事を人々と語り、日本の風習や文化への嘆きなど、平岩弓枝先生は淡々とした口調でその内面や生き方を語ってくれました。
この本の中のすべての話は長くありませんが、私の日本語のレベルが限られているので、私はこの本を完全に熟知していません。それでも、その背景には作者である平岩弓枝先生の心情や人生観が感じられました。この本を読んで最初に思ったのは、平岩弓枝先生はポジティブな方だな、ということでした。身近な家族や友人がつらい病気にあっても、それに対して悲観的な態度を示すことはありません。苦痛の嵐の中で未来の快晴を願っています。先行きが不透明な劇場に対しても、視点を変えて新しい経営スタイルを模索している劇場が再生してくれることを願っています。苦しみを伴う生活に直面して、少しずつ気持ちを切り替えていくことはできますが、うまくいかない現実を受け入れるだけで、その後に何かいいことがあるのではないかと期待することはできません。そう思うと、実は私は消極主義者です。まだ終わっていないことでも、悪いほうに考えてしまうことがあります。試験のとき、前半で迷っていれば、後半の試験用紙を書くときには、最初のつもりはなくなります。試験が終わっていなくても、頭の中はもうダメだ、ダメだという思いでいっぱいです。気持ちをリセットして期待するどころか、何も考えないようにするのも大変です。だから私は、平岩弓枝先生のその安定した積極的な生き方に感心する一方で、その生き方に憧れてもいました。嫌なことが起こるのは避けられないことですが、いずれにしても転機を期待する権利はあります。日常を記録し、何気ない日常を吟味することで人と語る楽しさや、その裏側にある歴史も、心を養う要素の一つではないでしょうか。どんなことでも許され、たとえ良くないことでも、目の前にいる人やものを見て、記録できること、考えられることは数えきれないほどあります。平岩弓枝先生の物語は、淡々としたトーンで語られることが多いのですが、その背景には常に過去を考え、現在を楽しみ、未来を望んでいることがあります。
以上が私の感想ですが、何か間違った理解や失礼があれば、申し訳ありません。ご静聴ありがとございます。
浙江越秀外国語学院 日本語専攻三年 金 良禹
「レキシントンの幽霊」感想文
図書会の皆さん、こんにちは。私はきんりょううと申します。今回読んで皆さんに紹介したい本は村上春樹が書いた「レクシントンの幽霊」です。
「レクシントンの幽霊」は短編小説集で、総計7篇の短編小説があります。名前はそれぞれ「レキシントンの幽霊」、「緑色の獣」、「沈黙」、「氷男」、「トニー滝谷」、「七番目の男」、「めくらやなぎと、眠る女」です。これらの小説は大体孤独や暴力と恐怖をテーマにしています。その中で私が一番好きなのは「レキシントンの幽霊」と「沈黙」です。
「レキシントンの幽霊」が話しているのは、「私」がアメリカでケイシーという建築家と知り合いました。ケイシーは彼のルムーメイトと一緒に生活しています。彼はスマートでユーモアのあるおしゃれな人ですが、仕事に対するにはあまり気を使わないです。ある日ケイシーは「私」に留守番を頼みました。留守番の時、彼の家で「私」は幽霊を見ました。留守番が終わった後、「私」は小説の創作で半年ぐらいケイシーと合わないでした。ケイシーのルムーメイトも田舎に帰りました。半年後のある日、「私」は散歩しているうちにケイシーに会って一緒にコーヒーを飲みに行きました。半年ぶりのケイシーはまるで十歳も年をとったみたいです。
私が本を読んでいる時、ずっと考えていました。なんでケイシーは半年ぐらいの時間でこんなに大きく変化があるのでしょうか。再び読む時、私は気付きました。アメリカ人のケイシーは留守番を日本人の私に頼って、それに「悪いけれど、きみしかおもいつけなかったんだ」っていう言葉をいましたから、多分ケイシーはあまり信頼できる人はいないかもしれません。親がなくて、ルムーメイトは田舎に帰えて、信頼できる友人は仕事でお互いの交流がだんだん少なくなりました。多分ケイシーは孤独に傷つけられただろうと思います。
本を読み終わった後、私は日本の評論家の川本三郎がこの本に対する評価をみました。川本三郎はこの短編集が孤独を愛している男たちの物語だと思っています、でも私はそう思えません。ケイシーは多分こんな孤独を愛していないはずです。でないと彼は10歳も年を取ったみたいにはなれません。
村上春樹は「沈黙」でこう書きました「一言で孤独を言っでもそこにはいろんな種類の孤独があります。神経を切り裂く辛く悲しい孤独もあります。でもそうじゃない孤独もあります。そういう物を得るためには自分の肉を削らなくてはないりません。」
ケイシーの孤独は神経を切り裂く辛く悲しい耐えられないほどの孤独でしょう。こんな孤独は人を傷つけるだけだと思います。無意味な孤独は害があります。でも人はいずれ孤独になります。だから私達が「沈黙」の中の孤独を受けるべきだとおもいます。自分の考えを持って世間の流れに乗らない、自分の信念を守る。そうすると無意味な孤独から逃げられると思います。
浙江越秀外国語学院 日本語専攻三年 許 賽紅
「宇宙で一番明るい屋根」感想文
本学は長年に渡って日本科学協会から寄贈図書を頂いてきました。「一衣帯水で歴史が長い」、皆さんのご寄贈はきっと学生一人一人の心を温め、潤してくれるでしょう。本学の教員や学生が知識を得る力となり、キャンパスをより活気づけてくれます。皆さんの善行は、本学の教育環境にカラフルな絵巻を展開し、所蔵図書の資源が豊富になると同時に、より多くの読者に利益となるでしょう。寄贈図書を読むことを通じて、学術面で啓発と共鳴を生じるだけでなく、日本語学習の道での更なる一歩を進めることもできます。
偉大なるシェークスピアの言葉に「書籍は全世界の営養品であり、生活の中に書籍がないのは、大地に日光がないようなもの。知恵の中に書籍がないのは、小鳥に翼がないようなもの」というものがあります。本は最も親密な友であり、外の世界を知る窓です。
医学生は困難に打ち勝つ精神と力を特に必要としていますが、そうした精神はちょうど知識、書物から源を発するものです。本学の教員や学生は絶えず学習し、図書寄贈事業という学術交流を通じて、医学の発展の進歩を進めるべく努力し、本を愛する人すべてを社会の役に立つ大黒柱に成長させていきます。これは寄贈者のみならず、世界からの医学生達に対する共通の期待でもあります。改めて日本科学協会に心からの感謝と敬意を申し上げます。
浙江越秀外国語学院 日本語専攻三年 李 佳慧
「装いコレクション」感想文
こんにちは、今日は中原淳一さんの装いコレクションをご紹介させていただきます。
みなさんは中原淳一さんをご存知ですか?この本に触れるまで中原淳一のことは何も知らなかったのですが、ではなぜ私は中原淳一の本を選んだのでしょうか?この本の表紙がとてもきれいで、私を引きつけました。この本の表紙は、長いポニーテールをした女の子で、女の子は白いノースリーブのシャツに赤いハーフスカートを着ている。表紙の女の子は大きな目と長いまつげをしている。最初は中原淳一さんのことを美しい女性だと思っていたのですが、人物紹介を見て初めて、中原淳一さんがなんと男性だったことを知りました。彼がデザインしたファッションデザインは今でも非常に流行している。他の子供たちと違って、子供時代の中原淳一は、他の子供たちのように泥遊びをするのではなく、家の中でお姉さんと一緒に人形を編んだり、服を作ったりしていた。魯迅はかつて、ゲームは子供の最も正当な行為であり、おもちゃは子供の天使であると言ったことがある。女の子なら。人形が嫌いな人はあまりいません。ショーウインドーの前を通りかかると、ショーウインドーの奥に飾られた精巧な人形が目に入ります。あなたは足を止めて見つめていませんか?子供の頃、かわいい人形が遊んでくれなかった。洗練された人形は私にとっては高望みのようなものだ。だから私は中原淳一がデザインした人形を見て、私の心の奥底に一種のはっきりしない陰鬱と嫉妬と悲しみが芽生えました。中原淳一さんは小学生の時に父親を亡くしています。しかし中原淳一氏は、不幸に見舞われたからといって希望が消えたわけではない。むしろ、廃墟の中で新生を築いた。父が亡くなった後、中原淳一の母は近くの教会で生計を立てていた。教会でアメリカの女性が着ていた服に、中原淳一は絶えずインスピレーションを受けていた。中原淳一は西洋の服飾スタイルを着物に取り入れ、日本女性の服装スタイルに大きな影響を与えた。 19歳の時、銀座松屋百貨店でフランス人形展に参加して有名になった。中原淳一がデザインするキャラクターは、大きな目に長いまつげがオードリーのヘプバーンらしいものが多い。衣装デザインから髪型、メイク、装飾、靴に至るまで非常に凝っています。きっと中原淳一さんの心は繊細で柔らかいのだと思います。それがあってこそ、今に残る人形像をデザインすることができたのではないだろうか。
私のお気に入りのイラストは、中原淳一さんがひまわり社でデザインしたひまわりです。満開のヒマワリの中に身を置き、少女は前を見据えていた。夏の盛りに旺盛な生命力を見せるヒマワリ。彼の作品は女性に自主性、自信、自己愛を教えてくれた。
これまでに当館は9000冊余りの寄贈図書を頂いてきました。これらの本は次々と目録を作成して貸出書架に出しており、またこれを契機に館内で笹川良一記念文庫を創設しました。本学の学科の建設と発展が大いに促され、多くの教員や学生にとって日本を理解する新たなルートが切り開かれています。この事業が永続することと、中日双方の交流と理解を増進する機会がもっと多くあることを望んでおります。
浙江越秀外国語学院 日本語専攻一年 周 宣宇
「誰も教えてくれない人を動かす文章術」感想文
ついこの前、斎藤孝さんの著書「誰も教えてくれない人を動かす文章術」を読み上げました。もともと私は、日本語で何かを書くのに深い興味を持つようになったので、今回の活動がきっかけで、一見するだけでためらいなくこの本を選びました。文字通りに文章を書く技術を語る本として、とても退屈な感じを与えるかもしれませんが、実はなかなか面白いのです。ふだん人びとに嫌われる、よく疎かにされるような文章づくりを六つのテーマに分けて自らの考え、コツを完全に世に送りだすすてきな本だと、私はよくよく思います。
文書術を親切に、そして細かいところまでくり返して教えてくれる本は実にざらにあります。でもそれらの多くは、人目をはばからないで言うと、たいてい「技術」そのものだけ、あるいはそれぞれのジャンルの書き方についてしか言ってくれませんでした。それだけでは足りないのは言うまでもありません。数学の上で公式さえ覚えればすべての質問を解けるのではないように、この本はおそらくことばの組み合わせによってこそ成り立つ文章のどん底に存在する、内面的なロジックというか、そのようなものをしっかり記しました。ひとつのことばとして特に頭に焼きつくのは、著者が学生に文章を習わせるために週に何回かエッセイを課した時の話でした。「学生たちは生活の中でこれ、発見にならないかという常に何かを掴もうという意識でものを見るようになりました」という。私自身としても「人はバカでなければならない」とかんがえました。というのは、この世にはつい見落とされがちなところがたくさんあるからです。人があまりにも頭がよければよいほど、その分相応のものを見失うわけなのだが、例えば、とてもむずかしくて成果が挙がるはずのない研究、頭がよい人は、まず前にある困難とかやり続けると必ず出てくる行き詰まりとか、いちいちリストアップし、それからそれらの分析過程を自分の頭のよい証しとして顎を撫でながらすぐ捨ててしまいます。それが絶対だめなことなんです。もともと気づくべきはずのもの、役に立つかもしれないもの、もしリスク評価の精力を研究に一気に注いだらどうですか。
そのためには、どん文章でもしっかり意味を噛みしめるだけの顎をも鍛えなければなりません。えっと、大野晋さんも以前「日本語練習帳」にも書いてある「骨董の目利きになりたいなら、まず一流品を見ていかねばならない」、ちょっと記憶がぼんやりしていますが、だいたいこんな話です。最初からまず名文とされるものを見たほうがいいです。文学界で名だたる作家、10本の指を折っても数えきれませんね、夏目漱石、森鴎外、志賀直哉、谷崎潤一郎のような人の文章を見てほしいです。「他人の話を引用し、咀嚼し、文章化として定着させる」という流れで、文章を書きましょう。誰か一人の文章におぼれるのではなく、百人ぐらいの認識を内に住まわせることです。
浙江越秀外国語学院 日本語専攻三年 孫 晨晨
「風をつむぐ少年」感想文
ご在席の皆様、こんにちは。今日は『風をつむぐ少年』という本について私の考えを少し話したいと思います。
ある少年ブランドがパーティーで、好きな女の子に断られ、他の人にからかわれました。さらに、アルコールの影響と心の問題で車を運転して自殺を決意しました。結局、死ななかったのですが、見ず知らずの女の子を死なせてしまったのでした。ブレントは未成年で無罪放免です。母親はリーを記念するために、アメリカの四隅に風になびく人形を作るよう彼に求めました。ブレントが人形を作っている間に出会った人や出来事、そしてその過程で自分を取り戻し、回復の旅に出るというストーリーです。
本書の描写を見る限り、作者はブラントのことを「いい人」だと思っているようです。しかし、「リー」から見れば、ブラントは完全な「悪人」です。李は最も罪のない最も不幸な人で、彼女は何もしないで、最も貴重な生命を失いましたが、彼女の母親のブレントに対する要求のため、彼女は人形の形でこの世の他の不幸な人を癒して、ある角度から、彼女はまだ生きていて、人形の形で人々に記憶されています。
私はこの本からいくつかのことを学びました。1つめは、「良言のひとことは三冬の寒さも暖かく感じるし,ひどい言葉で傷つけられると6月の暑さも寒く感じる」ということです。ブレントさんの友人が、最初からブレントさんをからかわなければ、悲劇は起こらなかったかもしれません。2つ目は「おおらかに」生きることです。ブラントさんが最初から人のやじを気にしなければ、飲酒運転で「殺人犯」になることもなく、悲劇は起こらなかったでしょう。ご清聴ありがとうございました。
浙江越秀外国語学院 日本語専攻三年 兪 奕楠
「銀の鈴」感想文
日本の方々、学生と先生の皆様、おはようございます。今日は『銀の鈴』という本について私の考えを少し話したいと思います。この本は詩人相馬御風が書いた俳句と詩を記した詩集で、これらの詩句をよりよく理解するためのイラストが添えられています。
この本について、二つの感想があります。まず、相馬御風の詩集を手に取るたび、
心は静か汇沈み、時には激昂の波を立てる。彼の作品は、独特の美意識と深遠な思考
を織り交ぜ、読者を多彩な感情の世界に導きます。これらの詩では、ツバメやセミ
など多くの季語を見ることができます。
そして、相馬さんは1つの季語について大衆とは異なる理解を持っているだろう。例えばツバメ、これはこの本の最初の詩で、日本ではツバメは一般的に春、夏の2つの季節を表し、春は万物が蘇ることを表し、夏は枝葉が茂り、どちらも生命力に富み、人に喜びの気持ちを与える季節であります。しかし相馬さんはこの詩の中でツバメがまだ帰ってこないことを何度も繰り返し、最後にツバメが冬を渡っていないのではないかと推測し、いつまでも帰り道に留ました。彼は自然の美を鋭く捕捉し、同時に、人生の真意を探求する。その中で、生命の尊厳、自然の神秘、愛の偉大さなど、さまさまの主題が詩行の間に浮かび上がります。詩集を通じて、御風は私たちに語るのは、日常の瑣事よりも高遠な世界の存在。彼の詩は、日常の煩わしさを洗浄し、心を澄み切らせる力を有する。
次に2点目をお話ししますが、詩は人々が1つのことについて自分で考え、推敲した後に書いたものなので、相馬さんの個人的な特徴を反映することができると思います。
相馬御風をご紹介します
相馬御風は1883年、新潟県西頸城郡糸魚川町大町(現糸魚川市)に生まれる高田中学(現新潟県立高田高等学校)を経て早稲田大学に進む。在学中の1903年に岩野泡鳴らと雑誌「白百合」を創刊した。1905年に第一歌集『睡蓮』を出版するが、同時代の窪田空穂や与謝野晶子に比べると歌人としては地味であった。
糸魚川市は山に面して海に面しており、古い翡翠の里であり、ここには非常に多くの観光地があり、地元の人々も自然と付き合うことが多い。だから私たちは相馬さんの詩に地味で自然に近い表現をたくさん見ることができます。
総じて、相馬御風の詩集は、一枚の精巧な宝石のように、光を放ち、人々の心を照らす。彼の作品は、永遠の美を追求する私たちに、賞の喜びと人生の啓示を与えます。以上が私の話したすべての内容です。ご清聴ありがとうございました。
浙江越秀外国語学院 日本語専攻三年 王 佳諾
『愚者の知恵』感想文
日本の方々、学生と先生の皆様、おはようございます。
今日は『愚者の知恵』という本について私の考えを少し話したいと思います。この本は異なる物語を語ることで考えさせられる道理を引き出しています。例えば第一章愚者の深い知恵、それは『伊万の馬鹿』の話をしています。この物語は、利己的な兄や悪魔の標的に直面しても、感謝し、まじめな仕事をし、人に誠実に対処することを続けているバカなイワンの話です。だから、悪魔は伊万の兄2人を家族全員を破壊することができたが、最後まで伊万の誠実さを負かすことはできませんでした。
著者はこの物語を通じて、愚かな人には愚かな幸せがあり、利己的な人には良い結果が得られないことを教えてくれました。物語の中の主人公イマンは、自分の得たものを2人の兄に全部贈与する愚かなようで、最初から最後まで争いません。しかし、これはバカイーワンの持つ大きな知恵です。本には「何しろ彼はバカですから、人にひどい仕打ちを受けても、初めから損得の感覚がないのです。」という言葉があり、印象に残っています。
「損得」は現代社会において重要な地位を持っています。私たちの日常生活では、ほとんどの人が利益の平等化を求めています。仕事面では、私たちは自分の給料が労働時間や成果に見合うことを追求しています。付き合いの中で、私たちはまた相手から自分が相手に与えたものと同じような世話を受けたいと思っています。だから、不公平な扱いを受けたとき、私たちは往々にしてイライラして、相手と口論しようとします。でも、これは無意味なことだと思います。私は生活の中で何かを得ることで失うことがあると思っているので、損得をあまり重要にする必要はないと思います。例えば、人付き合いの中で、私は友達にプレゼントをあげましたが、彼女は私にプレゼントをくれませんでした。もし私が、彼女がなぜ私にプレゼントをくれないのか悩んでいたら、私はこの関係の中で苦労して、それでお互いの感情を壊す可能性もあります。だから、生活の中で損得を薄めるほうが楽しく過ごせると思います。
物語の中で、イワンの2人の兄はすべてとても聡明で、自分のために利益を得ることができます。しかし、兄たちは利己的すぎて、欲望が大きすぎて、悪魔にチャンスを見つけさせました。エゴというのは、それほど恐ろしいものなのです。人生が辛いというのも、じつのところ、人生そのものに原因があるのではなく、エゴが人生を辛くしているのです。しかし、エゴがあらゆる不幸の原因と分かっていても、そのエゴを捨てることができないのが、私たち人間です。救いがたいまでの凡夫の愚かさです。社会の多くの兄弟が裏切り合っているのも、より多くの利益を得たいからだ。もしかしたらみんなが馬鹿なイワンのようにそれぞれ譲歩して、このようなことは起こらないと思います。
愚かに見える人もいるが、実は多くの知恵が秘められています。だから、生活には一人一人を尊重し、一人一人の知恵を学ぶ必要があると思います。以上が私が話したすべての内容です。ご清聴ありがとうございました。
浙江越秀外国語学院 日本語専攻三年 李 政
「月刊言語2005年12月特集:日本人と日本語」感想文
検討会の皆様。おはようございます。私の名前は「りせい」です。今回のセミナーで私読んだ本は『月刊言語2005年12月特集:日本人と日本語』です。その本を読んだ後の愚見を少々申します。
その月刊はくろしお出版で、文学的な書類です。でも、この月刊は文学性を失わないうちに、娯楽性を持っています。巻頭エッセイと特集の部分の知識が興味深い豆知識だと思っています。そして連載の部分の文章はロジックが分かりやすくて科学的根拠に豊です。
この月刊は初心者でも楽しい読むことができます。もっと多い人を日本語や日本文化に興味を生むでしょう。
本の中に趣を持つところを紹介させていただきます。
先ずは巻頭エッセイ部分です。『“野球”の名付け親は誰?』の一文は先頭で私の目を引きました。「『野球』は『ベースボール』、中国語で『棒球』だ」と日本語の先生が教えてくれましたが。実はどうして日本語では『棒球』が『野球』を話すのは一度も考えませんでした。ベースボールが西方のスポーツですか、もちろん「ベースボール」の名前が先に出るはずです。では、「野球」の名前は日本人が作り出すものです。
一体誰がその名付けの親でしょうか?その疑問を持て、續を見ると「ベースボールを『野球』と名付けたのは正岡子規だとガセだ」を見ました。その時は疑問を解かずのうちにもっと多くの疑問が増えています。もちろん、その点も作者のデサイーです。そして見に續くと疑問は次第で解ける時すでに全文を大体見ました。文章の最後は疑問を解答しました。「子規説」が流言で押し広げて豆知識として人々の意識に根強く生き残っています。実際の名付けの親は旧制一高ベースボール部の中馬庚です。
このエッセイコーナーの趣は初心者としても楽しい最後まで見ると知識を得ることだと思っています。
検討会の皆様、おはようございます。私の名前はりせいと申します。このセミナーに参加し、私自身が読んでいただいた書籍は『月刊言語2005年12月号特集:日本人と日本語』でございます。その本を通して得られた拙見を、ご覧いただきますようお願い申し上げます。
この月刊はくろしお出版から発行された、文学的な価値を持ちながらも娯楽性を失うことなく、読者を魅了する書籍です。特に巻頭のエッセイと特集の部分には、興味深い豆知識が詰まっており、連載の文章もロジックが明確で、科学的根拠に基づいた内容となっております。
この月刊は初心者の方でも楽しんで読むことができ、日本語や日本文化に対する興味を広げることができると存じます。
さて、本の中で特に興味を持った箇所をご紹介させていただきます。
まず、巻頭のエッセイ部分です。『「野球」の名付け親は誰?』という一文が、私の興味を引きました。「『野球』は『ベースボール』、中国語で『棒球』」と日本語の先生が教えてくれたことを思い出しましたが、なぜ日本語では『野球』と呼ぶのか、その理由について一度も考えなかったことを自覚しました。西方のスポーツであるベースボールは、当然「ベースボール」という名前が先に出るべきだと思いました。しかし、なぜ「野球」と呼ぶのか、その謎を解くためにも、このエッセイを読んでみました。
「ベースボールを『野球』と名付けたのは正岡子規だとか」との説が流布されているが、その説が正しいかどうか、疑問を持って読み進めていきました。しかし、その疑問は次第に解けていくうちに、多くの新たな疑問が生まれる一方でした。著者の意図としては、そのような疑問を呼び起こすことだったのでしょう。そして、文章を最後まで読むと、疑問が解け、興味深い事実が明らかになります。「子規説」は流言であり、実際には旧制一高のベースボール部員である中馬庚さんが名付け親であることが判明しました。
このエッセイコーナーは、初心者の方でも最後まで楽しんで読むことができ、知識を得ることができると感じました。
そして、この月刊には文学性もございます。連載部分はロジックが鮮明で、根拠もはっきりと記録されています。私が興味を持っておりました一文は「手話の言語学」です。今学期には異文化コミュニケーションの授業があり、その授業のゼミの一つが「手話」です。ゼミを準備する際に「手話は別の国によって異なる」と知りました。
その文章では手話の語彙の特徴や、それぞれ異なる範囲内で同じ身振りでも意味が異なるという特例、そしてなぜそのような身振りを選んだのかという思考回路についての内容がございます。読むにつれて、実学になりました。さらに、例えが分かりやすく、写真も添付されている点は非常に貴重だと存じ上げております。
この月刊は、おもしろさを失わずに文学性を有し、誰もが楽しむことができる作品だと存じ上げております。
浙江越秀外国語学院 日本語専攻三年 王 鋭坤
「少年少女の名作案内」感想文
日本の方々、学生と先生の皆様、おはようございます。
今日、私は「少年少女の名作案内」日本の文学ファンタジー編について少しお話したいと思います。この本の内容は殆ど作品の紹介と編著者たちのコメント、注釈なので、そういう文章の構成についてお話しするほうがいいと思います。
最初に目に入ったのはそのファンタジー作品の発展の道程です。最初の「お伽噺」から大正時代の「童話」に変えて、実際この部分読んでいる時、「本当に凄いな、もう宇宙と地獄を素材としたか」と思いました。1950後半は、長編ファンタジーと幼年向けの作品が相次いで出てきました。そして、1960年代以降、人達はファンタジーの領域の潜在力を求め、百花斉放の時代が迎えてきました。その後、完壁に目指して、手間をかけて、挿絵とか表紙絵なども作品に加えて、作品を一層面白くしました。この本のなかで絵はないのは少し残念でした。そして、最後の80年代から現在に至るまで、角野栄子の有名な作品「魔女の宅急便」もこの時期の作品です。今、豊かな基盤を持つ作家たちは更なる構想を考え、その領域を拡大し続けています。
この本は紹介を四つの部分に分け、タイトルをつけて各作品を紹介しています。一つの文章には概ね、書名の下の誘導文、編著者が本に対するまとめ、作者の創作背景と理念、編著者のコメント、作品や作者などについての注釈五つの内容です。
そういう紹介方は確かに案内役を果たしています。紹介文は詳しさを求めるではなく、その作品について全面的な情報が欲しいのです。そして、本の表紙もなかなか凄いと思います。表紙は全部書名で構成されて、一目で「これは作品を紹介の本だ」と分かります。それに、そうすることで、全部の作品が等しい立場に置かれ、編著者がどの作品を贔屓していることもありません。でも、全書の一番いいところはやはりファンタジー作品の歴史を述べてから、いちいち4部分に分けて内容を紹介することだと思います。そうすることで、読者もわかりやすく本を読めるし、自分が好きな本もすぐ見付けられます。
本を読んでいる時、よく頭に浮かんで来るのが「何処かでみたことがある話ですね」ということです。今の若者たちはアニメ、ゲーム、ドラマ、特撮などが好きで、脚本家もよく文学を参考として、あるいは原作を脚色して、シナリオを作ります。例えば、「源氏物語千年紀」、「平家物語」、「不思議の海のナディア」などがあります。
私はいつか本はすでに今の私たちと遠ざっていくものと思ったが、実際のところ、本はいつも私たちの側にあります。本こそが全ての作品の源と言ってもいいでしょう。
自分の紹介と感想はこれで終わります。ご清聴ありがとうございました。
1、なぜこの本を選んだのですか
この原因もさっき話した通り、自分はアニメが好きで、今のアニメは殆どファンタジーのような部分があります。漫画の「銀河鉄道999」が「銀河鉄道の夜」を参考して作ったものです。だから、今回のイベントをきっかけに、もっと探してみたいです。
2、この本で紹介された全ての作品のなかで一番お気に入りなのはどれですか
一番好きなのはやはりアニメ化した「魔女の宅急便」ですね。原作だけでなく、監督の宮崎駿さんの手柄も大きいと言えるでしょう。友情、魔法、成長、そういうテーマはいつでも人の心を打ち、今の情けない自分に前に進む勇気を与えました。
3、この本は君の日本語の勉強に何か役に立ちましたか
実を言うと、本を読むついでに知らない単語も辞書で調べ、ノートを取ります。5年間の日本語勉強を経て、一つだけ分かったことがあります。それは言語を学んでいる時、一番重要なのはやはり単語で、文法もまた単語で構成されるものです。それに、単語の数より文法のほうが少なくて、覚えるのも速いでしょう。
浙江越秀外国語学院 日本語専攻三年 劇 詩彤
「幻想郵便局」感想文
初めて「幻想郵便局」という作品に出会った時、私はその奇想天外な設定と衝撃的な展開に目を奪われました。この物語は、私たちの日常と幻想の境界線を越えて、私たちの心を深く触れるような魅力を発散していきます。
堀川アさコさんはこの物語を通じて、私たちに見えない世界を描いていきます。幻想郵便局は、人間の欲望や夢想を郵便物として受け取り、それぞれの世界に届けるという奇妙な存在です。そして、その郵便物は、人々の運命を左右し、彼らの人生を変える力を秘めていているのです。この設定は、私たちの内面世界と現実世界の間の深い関係を象徴的に表現し、人々の欲望や夢想の重要性を強調していきます。
この物語は、様々な人物とその人生を描いていきます。彼らは、それぞれの欲望や夢想を抱えており、幻想郵便局を通じて、自分の運命を変えようと試みしていきます。その過程で、彼らは苦悩や挫折に直面し、そして成長していきます。彼らの人生は、私たちの人生と似たような試練や挑戦を抱えており、私たちに深い共感を与えていきます。
特に、主人公の成長過程は、私に大きな衝撃を与えていました。彼は、最初は自分の欲望や夢想を追求する勇気もなく、他人の期待に従い、自分の人生を過ごしていきました。しかし、幻想郵便局を通じて、彼は自分の真正の欲望や夢想を見いだし、それに向かって前進していきます。彼の成長は、私たちに自分の欲望や夢想を追求する勇気を与え、私たちの人生を変える力を与えていきます。
また、この物語は、人間関係の複雑性と重要性を描いていきます。幻想郵便局は、人々の欲望や夢想を郵便物として受け取り、それぞれの世界に届けるという奇妙な存在です。そして、その郵便物は、人々の関係を築き、彼らの人生を変える力を秘めていているのです。この物語は、人間関係の複雑性と重要性を強調し、私たちに深い洞察を与えていきます。
「幻想郵便局」は、堀川アさコさんの豊かな想象力と卓越な執筆力を結晶した作品です。この物語は、私たちに見えない世界を描いていき、私たちの心を深く触れ、私たちの人生を変える力を与えていきます。この物語は、衝撃的な展開と深い意味を含んでおり、私たちに長く語り継がれる作品として残るでしょう。 私は、この物語を通じて、自分の欲望や夢想を追求する勇気を得て、自分の人生を変える力を得ました。そして、人間関係の複雑性と重要性を深く理解し、よりよい人間関係を築くことができました。この物語は、私に大きな影響を与え、私の人生を豊かに彩りました。
以上は、私の「幻想郵便局」の感想です。この物語は、衝撃的な展開と深い意味を含んでおり、誰もが愛すべき物語として残るでしょう。私は、この物語を深く愛し、誰もが誰をも深く触れるような作品として推薦します。