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日本知識大会

2008年第4回華東地域笹川杯感想

「第4回華東地域笹川杯日本知識クイズ大会」についての感想文

南京大学 日本語学部 4年 朱曉蘭 (団体戦優勝) (中国語原文)

「晨曲暮弾」

南京大学日本語学部4年 朱曉蘭

 大会が終わり瞬く間に2か月が過ぎ、再び大会のあの日の情況を振り返ると、やはりちょっとした感動を覚えます。自分とチームメイトだけで優勝を勝ち取った訳ではないのですから。あのような努力をした後に大きく豊かな実りを獲得した満足感と幸福感。 前学期から私とチームのメンバーは自分たちが間もなく南京大学を代表して日本知識クイズ大会に参加することを知っていました。当時系内の先生が私たちに大会に向け準備を始めなければならない知らせた時、私の心の中には全く自信がなく、自分を恐れて力を発揮できず大学に泥を塗るのではないかと思いました。 しかし、先生と周囲の学友は皆、私を激励して「構わないよ、あなたが努力を払って行動するのでさえあれば、たとえ失敗しても、残念に思うことは全くない。」と言ってくれました。これらの激励は心の中に収め、夏休みが正に始まるという時、私は「クイズ大会」を迎え撃つ準備を始めました。平均1日2時間くらい本を読み、それから見落とした内容の知識を整理しなければなりませんでした。 夏休みは瞬く間に過ぎ去り、大学が始まると、私達3人は、毎日、全員が集まり、互いに自分が見た知識について情報交換しなければなりませんでした。毎週、私たちの指導教師の庄先生は私たちの復習の進捗状況をチェックされ、私たちに対して幾つかの提案をされました。こうした努力を経て、ついに私達3人は自信を持って大会の舞台に上がったのです。 クイズ問題については、私個人としては、難しく感じたものと簡単だったものがあります。くじ引きがあっため、個人の運も対戦の中ではとても大きな比重を占めました。 私は私の運はとても良いと感じました。あのような超難問に出会うことはありませんでしたので。 今回の大会で唯一残念に感じていることがあります。それは、対戦した選手たちが深く交流するような時間がなかったことです。皆が一緒に食事し、一緒に大明寺などを見学しましたが、大体は同じ大学の人が一緒で、ほかの大学の同期生たちと仲良く交流することはありませんでした。実は、私自身は、彼らとの交流をとても望んでいました。同じ専門を学んでいますので、他の大学の学友がふだん専門を学ぶ授業の余暇時間に何をするのか、どんな日本の作家の作品を読みたいのかとか、どんな日本の歌手の歌を聞きたいのかなどを知りたいと思っていたのです。それでも、沢山の人が日本語を学んでいるということを目の当たりにする機会となりましたので、もうとても興奮してしまいました。「は、は、は、」自分と共通点のある人が、やはりとても沢山いました。この点について、私はとても誇らしく思っております。 大会は終了し、また平常の学習に戻り、時にはこの時間を思い出しますが、この感覚は依然としてとても素晴らしいものです。この事業に有難う。私にこのように素晴らしい思い出を与えてくださって。

南京大学 日本語学部 4年 呉艶芳 (団体戦優勝) (日本語原文)

南京大学 日本語学部 4年 呉艶芳(日本語原文)

 まず日本知識クイズ大会に参加し、また訪日する機会に恵まれ、大変喜びと光栄に思う。 今回のクイズ大会に参加することを通して、いろいろな知識を身につけただけではでく、独学する能力やストレスを解消する能力をも高めたのだ。そして大会に備えてチームメンバーと一緒に突貫工事をしているうちに、お互いへの理解と信頼を深め、チームワークの大切さを新たに認識した。一方、準備する内容が多ければ多くなるほど、自分の勉強不足により一層痛感した。やはり突貫工事を急ぐより普段から関心を持ちながら地道に努力していくことが肝心だなあと思うようになった。 最初、わけの分からないことを山ほど覚えなければならないので、あきらめようと考えたことは何度もあった。しかし、先生方からのご指導や友達と両親からの応援のおかげでやっと自分の臆病に負けずに最後までやりぬいた。成功するには自信と勇気のほかに身近な人たちからの支えも欠けてはならないことだと思う。 もちろん、大会に出る前にやや不愉快な思い出もあった。意見が食い違った時に口争いをしたこともあり、プリントを間違えたり本をなくしたりした時に愚痴をこぼしたこともあった。しかしそれこそ成功につながっているものだと今になってはじめて分かったのだ。自分と戦うとともに、相手と「切磋琢磨」(ちょっと大げさかなあ)しているうちに成長していくのではないかと私は考えている。 クイズ大会をきっかけに、たくさんの新しい友達と出会い、大変幸せだと思う。日本への旅を心から楽しみにしている。

寧波大学 日本語学部 4年 李菲菲 (団体戦三等賞) (日本語原文)

「今日を懐かしむ、その場所で」

寧波大学 日本語学部4年 李菲菲

 以下は私の体験会得です。 近頃、雑誌である文章を読みました。簡単に言えば、一人のスーパーウーマンが自分の成功のコツを語れたものを記録したものです。下のコラムには心理学者のコメントが書かれてあります。この一行が目に突っ込みました「何々さんが成功した理由はほかでなく、いつも自己反省し続けてきたのですから。」と書いてあります。それを見ると、「あっ、なるほど」とぱっと感じました。失敗は成功の基で、成功もまた成功の基だと私が思っています。聖人も「吾が日に三つ身を省す」して、とうとう成功の道にたどり着いたのです。 今回の日本語知識クイズ大会を通して、結果はどうでもかかわらず、たいへん勉強になったとは言うまでもないことです。自分のせいで、もともと怠け者ですから、時間をぎりぎりまでに準備し始めなかったですから。「ああ、ちゃんと準備してきたらいいのに」と無限の悔やみに入り込みました。後の人の戒めとしてもいい、後輩のためになれば何よりです。 今回の大会はこの前のいずれとも違って、形式はだいぶ変わりました。それとはいえ、形はさまざまに変わっていても、その基本は変わりません。日本に関することと言えば、文化、文学、経済、社会、教育、言語と五つに分けられるとわたしが思います。あらゆる点に突き止め極めるのは難しい。「上下五千年」とは言えばいけれども、文字記載のある時期から計算しても日本は1500年以上の歴史を持っています。その間、多量な外来思想が忍びこまれったり、吸収されたりして、ようやくいままでのような「雑種文化」を形成しました。だからこそ、われわれの勉強も一挙にしてできるわけはありません。石の上にも三年、普段の積み重ねは何より大切です。苦しい時の神頼みは到底誰のためにもなりません。「雨だれ石を穿つ」それはまさしく今回のクイズ大会の体験会得です。 ところが、大会をこれからよりよく催すために、これから私の二つの私見を申しさせていただきます。 まず、「競答器」についてですが、それを前もって使い方を説明してくれれば助かったと思いますが。試合のせいでしょう、現場での説明は何がなんだか実はよく聞こえませんでした。もし前に上手になるまで、つかわれさせて、試行錯誤をくりがしたら。。。 次は、問題の設置方です。各パートにの問題数を多くすれば、選手たちの実力を発揮させられます。運動もウォーミングタイムが必要ですから、なおさら試合です。しかも観衆も風雲の変化の激しい雰囲気で満足させるのではないでしょうか。

東華大学 日本語学科 大学院2年 牛凱 (団体戦優秀賞) (日本語原文)

「両国とも未来へ」

東華大学 大学院日本語学科2年 牛凱

 笹川杯日本知識クイズ大会が終わった後、私は訪日観光の機会を獲得したと告知されました。このニュースを耳にした際、突然1つの問題が頭の中に思い浮かんできた——「私は日本語の勉強にもうどのくらいの時間がかかったのか」 1999年、ある蒸し暑い夜、私はテレビをつけ、リモコンであてもなくチャンネルを切り替えていました。突然、1曲のメロディーの優美な歌は私の注意力を引き付けました、名前は「CHA-CHA-CHA」で、これこそ1986年ブームとなった人気ドラマ「男女7人夏物語」のテーマソングでした。 あの日から、私は救いようがないほどこのドラマに夢中になっただけではなく、日本語も興味を持つようになったのでした。ですので、大学に入学した時、思い切って日本語を専門にし、親戚や友人の困惑で羨望のまなざしの中で、自分で選んだ道を歩み始めました。これは私の人生の転換点といえます。あの時から今までちょうど10年間経てましたが、10年以来日本語についての情熱はずっと変わらなく、同時に絶えず学習と研究することを通じて、日本文化、日本社会に関する理解もますます深くなりました。 曾て中学校の地理授業を受けた時、先生は州の区別方法が2種類あることを教えました。1種の最も普遍的で各地で行われているやり方は、地球儀の上につけた標識のように、世界を7部分に分けています。例えば、アジア州、ヨーロッパ州、アメリカ州などです,別の1種の方法では、異なっている人種、多様な文化特徴を基づい、世界を11部分に区分するのです。このような区別方法によると、中国は日本と同じく東北アジア文化圏に属します。文化の上で、中国とこんなに多くの共通点を持つ国が日本しかありません。文字は文明にとっての2つの重要な特徴の1つです。こういう面からみれば、中日両国が日常生活に大量の漢字を使用する現状こそ、両国が文化上で世に並ぶものがない相似度を持つことを決定しました。一方、よく似た歴史境遇と国際背景のため、両国とも輸出を導き手とする経済発展モードに選択しました。それ以外人口構成でも単一民族が絶対的な多数を占め、ひいては海外観光の時にも、両国の民衆は一般的に1つの地方で遊覧することがただ一回だけの習慣があります。日本は東北アジアこの区域の最も発達している国なので、つまり多くの面に一つの趨勢を表したと思います。今中国に現れた流行語大賞とか、巨編映画とか、およびゴールデンウィークなど、日本も前世紀の70、80年代から現れるようになりました。同様に、あの時日本全土が経験した環境汚染、貯金過剰、本国貨幣の切り上げなどの問題には今日の中国も真剣に直面しなければなりません。多くの分野では、両国はお互いにたいへん大きな提携潜在力を持っているに違いないと思います。中日両国は千年以上のお隣さんで、この長い歴史の流れに、双方は口論になったことがあれば、互いの仲間が冷淡になったこともありましたが、中国に大昔から「遠い親戚より近くの他人」と言う諺が語り伝えられ、未来への旅路に、中日両国は最も見込みがあり、また一番頼りになる道連れになれると深く信じています。 以上は私のクイズ大会に関する感想、すなわち過去の十年間に対する感懐とも言えるでしょう。

揚州大学 管理学院 工商管理学部 4年 張蒴男 (司会者) (中国語原文)

揚州大学 管理学院 工商管理学部4年 張蒴男(司会者)(中国語原文)

 「1960年代に『所得倍増計画』を打ち出した日本の首相は誰?」 「池田勇人」 「日本の国歌『君が代』の歌詞の出典である歌集は何?」 「『古今和歌集』」 「日本で相撲を取るときの台は四角か丸か?」 「四角」 2008年10月20日、第4回となる華東地区「笹川杯日本知識クイズ大会」が揚州で円満のうちに幕を落としましたが、大会のすばらしい光景は今でも目に浮かび、選手達の優れた回答も耳に残っています。上記の問題は今大会のほんの一部です。大会のテーマは日本の社会、政治、経済、文化生活の各方面に及んでいました。出題形式の点では、選択、穴埋め、口頭質問とあり、多くの面から日本についての理解を得るいい機会だったと言えます。 とても光栄なことに司会者として今大会に関われた私は、数々の異彩を放つこのイベントを目撃してきました。舞台上の選手が次々とすばらしいパフォーマンスを見せてくれただけでなく、観客席に問いかける場面では観客席の皆さんも賞賛すべき活躍でした。 喜びに満ちた授賞式の中で今も鮮やかに覚えているのは、華東地区の優勝チームとなった南京大学に日本財団の尾形理事長が賞を授与する場面です。南京大学の学生が笹川杯を受け取ったその時、中日がより友好的な交流を行いすばらしい前途を互いに促進しているように見えました。この喜びを抱え、大会はとてもうち解けた雰囲気のうちに終了しました。 今大会の開催が成功したのは、関係各者の努力、特に主催者である日本科学協会には感謝したいと思います。また、日本財団の協賛とサポートにも特別の感謝を申し上げます。今回の活動を通して、私はより深く日本科学協会と日本財団を理解しました。日本財団は日本最大の非営利公益法人で、世界でも有名な慈善基金の一つであり、日中両国の友好的な交流と協力事業を促進するために有益な取り組みをたくさん行っています。教育の面では、財団は中国の教育機関と協力し、専門分野の研究人材を共同で育成しています。知識クイズ大会は、日本財団が傘下の日本科学協会を通じて実施したもので、中国の学生が日本語学習に対しより興味を持つようにとの目的で、また日本の社会、政治、文化、経済、地理といった異なる分野での知識を得るためのプラットフォームとしても優れています。 このほか、特筆に値するのは今回大会の開催地である揚州大明寺です。大明寺は仏教建築が集中しており、文化財の古跡と庭園の風景とが一体となった観光地です。大明寺は言わばおなじみで、かつてそこに学んだ鑑真大師については誰でも知っています。鑑真大師が日本への渡航に成功したことは、中日の友好史に新たな展開をもたらし、絶大なる貢献となりました。では若き学生である私たちが中日友好交流のためにどういった具体的な努力をしましょうか?より日本語の学習を進め、日本文化を深く理解すること?積極的に交流して互いに理解し支え合うこと?…私は物思いにふけりました。ですが二月度に日本を訪問する過程で、きっとより明確な答えを見つけることが出来ると信じています。そして自分で深い思考を実践に移すとともに、中日友好交流の光り輝く明日を期待しています。

揚州大学 外国語学院 日本語学部 助手 劉愛美 (司会者) (日本語原文)

「人生の道標」

揚州大学 外国語学院 日本語学部 助手 劉愛美(司会者)(日本語原文)

 2008年10月20日、第四回華東地区笹川杯「日本知識クイズ大会」が江蘇省揚州鑑真市記念堂にて成功裏に閉幕しました。光栄にも私は今回のクイズ大会の司会者を担当させていただきました。 あれから、もう二ヶ月以上も経ちましたが、大会前の準備委員会の皆さんの熱心さや対戦中の選手たちの活躍ぶりや観客の熱気ある応援など、まだ生き生きと頭の中に焼きついています。その中で、特に印象に残ったものは次のようです。 まずは、クイズ問題の広さと深さです。参考書リストをご覧になったらわかるように、日本の文学・歴史・文化など多岐にわたる分野のものが含まれているのですが、問題がそんなに幅広いとは予想されませんでした。書籍の中の内容だけでなく、実生活に関する問題もたくさん出題されました。たとえば、その頃中国中央電視台(CCTV)8チャンネルで放送されていたドラマ「冷暖人間」の主人公の名前を問う問題。そして、日本人にとっても難しい問題も少なくなかったそうです。そのような問題を見事に答えてくれた選手や観客の日本知識の広さには感心させられないではいられなかったのです。 次に、観客の参戦の積極性とその盛り上がりが深く印象に残っています。観客が回答のチャンスを渡されると、みんな手を高くあげ、争って答えようとしました。その積極ぶりに、だれを指名してよいかと何度も迷いました。もちろんできるだけ公平に会場の各方位から答えてもらいました。正解がなかなか出ないとき、指名を続けると、会場はいっそう盛り上がり、興奮のるつぼと化しました。最後に江海職業技術学院の学生巣さんが多くのライバルを押しのけ、個人戦・決勝戦への出場権を勝ち取り、前日の予選の勝者7名と一斉にステージにあがり、争っていました。三位までは入らなかったが、巣さんをはじめとする観客たちも実力を見せてくれ、この大会に彩りを添えたきれいな星となっていたと思われます。 また、観客や選手たちが感じていなかったかもしれないが、私たち司会者が身を持って感じていたことがあります。それは大会の準備委員会の委員の皆様の苦労さです。早押し用の機械が足りないことに気づいて、規則を調整せざるを得なくなった大会の前夜、委員会の先生と助手たちは連日の苦労もいとわず翌日の朝まで目をつぶらなかったらしいです。揚州市人民対外友好協会及び鑑真学院の関係者各位も八方手を尽くして、大会の成功のためにいろいろと努力しました。ミスひとつなしとは至らなかったかもしれませんが、主催者の一人一人が自分の心血を注いでこの大会を完璧にしようとしたとしみじみ感じられます。 この場をお借りして、笹川杯「日本知識クイズ大会」の主催や協賛の各位に、この大会の成功のために多大な努力を払われた方々に感謝いたしたいと思います。まことにありがとうございました。 今回の大会から得られたものは多く、それらがわたしの心に深く刻まれて、私の人生の宝物、さらに教師の道を歩む道標になっています。これからも全面的に、真の日本を理解する人材を養うよう、がんばっていきます。

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