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宗教文化編

書籍「科学と宗教 -対立と融和のゆくえ-」のご案内

科学と宗教 対立の行方

各章の概要

科学と宗教の交錯
金子 務(大阪府立大学名誉教授)

中世の修道院活動から機械時計や時間割が生まれ、中世の神学論争から指数や活力の概念も生まれている。だから歴史的には、近代科学は宗教を母体に発展した、ということもできる。しかしながら科学と宗教は本質的に違う。科学は自然の合理性を信じ、世界の主たる宗教は人間を超えた超越神を信じている。現代科学は、IT革命によって人知を超えるロボット、超越的な新たな神々を生み出そうとしている。いわゆる科学技術の特異点、シンギュラリティ問題である。科学と宗教の関係は、今私たちに古くて新しい問題を突き付けている。

第1部 ヨーロッパとの対話 〜知と信の原型から〜

1
「世界宗教と科学」
伊東 俊太郎
(東京大学名誉教授)
「精神革命」の時代において形成された世界宗教の成立とその基本的特長を比較考察し、それに通底する性格を確認したうえで、それを保証するものを従来のような垂直的な超越(神、絶対無など)に基づけるのではなく、自己と他者、自己と自然との「水平的超越」によって把え直し、これを可能にする「宇宙連関」に注目する。このことにより、同じく「宇宙連関」を追求する科学と、世界宗教との根源的統合への途を示したい。
2
「キリスト教以前の科学と宗教」
山口 義久
(宝塚大学副学長)
古代ギリシアにおいて理論天文学が成立する出発点となったのは、プラトンがアカデメイアの学者たちに出した惑星の見かけ上不規則な動きを説明するという課題である。これに立体運動幾何学モデルで答えようとする試みが惑星の運動理論を発展させた。この経緯を踏まえて、ギリシアには、理論科学が成立するためにどのような要因があったのかを考察する。その中に、神と人間を対比する一種の宗教的発想があったことに脚光を当てたい。
3
「ガリレオ裁判の真実」
田中 一郎
(金沢大学名誉教授)
1632年に『天文対話』を出版したために翌年に宗教裁判にかけられ、有罪判決を受けたガリレオの受難は、キリスト教は科学の発展を妨げた、あるいは宗教と科学は対立していたという考えを確からしくさせてきた。しかし、最近になってようやく公開されたヴァチカン秘密文書庫のガリレオ裁判記録は、ガリレオが異端の嫌疑を受けた原因と有罪判決を受けた理由はもう少し複雑だったことを示している。
4
「乾燥地文明における帝国と宗教の形成」
嶋田 義仁
(中部大学客員教授)
アフロ・ユーラシア内陸乾燥地文明論を支えに人類文明史の再構築を試みている。近代以前に利用可能最大パワーだった牧畜パワーは、移動・運搬手段として長距離交易と都市文化形成に寄与した。政治・軍事手段としては巨大帝国形成の基礎となった。それゆえに、多民族・多地域統合の世界文明が乾燥地域に形成された。仏教、キリスト教、イスラームという世界宗教形成も、このような文明形成に対する思想的宗教的対応だった。
5
「イスラームと科学技術」
三村 太郎
(広島大学准教授)

今日、イスラームはISISを代表とする原理主義的な活動で注目を集めているが、科学の歴史をふりかえると、ギリシア科学の後継者としてイスラーム文化圏の学者たちの貢献が無視できないことに気付く。アッバース朝以降、イスラーム文化圏で、なぜ、いかにして科学研究が華々しく展開したのかを、イスラーム布教との関連で示したい。

第2部 アジアからのメッセージ 〜こころの深層を巡って〜

6
「宗教と科学の融和と拒絶」
正木 晃
(慶応義塾大学非常勤講師)
科学と宗教は真理探究の方法がまったく異なる。近代科学が17世紀の科学革命を経て成立する直前の16世紀、科学と宗教(キリスト教)はもっとも激しく対立。その後、カトリックもプロテスタントも科学と融和する道を選び、社会全体の近代化に成功した。融和を正当化する神学上の論理は科学と宗教の棲み分け、ないし任務分担である。日本では科学と宗教の対立はほぼ生ぜず、現在ではむしろ宗教が科学に媚びる傾向が指摘できる。その理由は?
7
「原始仏教における知と信」
植木 雅俊
(NHK文化センター講師)
インド人は、物事や現象自体よりも、その背後にある普遍性を重視する。よく言えば哲学的、宗教的、詩的民族である。しかし、悪くすると迷信的・呪術的傾向に陥りやすい。バラモン教は、宿(しゅく)業(ごう)を説いてカースト制度を正当化し、火の儀式(護摩(ごま))や沐浴(もくよく)による悪業(あくごう)の浄化を説くなど迷信に満ちていた。仏教はそうした迷信や呪術を徹底的に批判し、ありのままに物事を見ることを通して普遍的真理(法)と真の自己に目覚めることを強調した。
8
「脳と心と無意識」
前野 隆司
(慶応義塾大学教授)
本章では「脳と心と無意識」について述べる。まず、筆者が提唱した受動意識仮説について説明する。また受動意識仮説と仏教の関係についても述べる。次に、講演者が因子分析の結果求めた幸せの4つの因子について述べる。宗教との関係について何か感じていただければ幸いである。
9
「鈴木大拙から折口信夫へ、そして宮沢賢治へ」
安藤 礼二
(多摩美術大学美術学部教授)
グローバルな視点から日本思想とは何かを考えなければならなかった鈴木大拙は、極東の列島で変容した仏教思想の核心を、人間をはじめとする森羅万象あらゆるものには仏(如来)となる種子が孕まれているとする「如来蔵思想」として位置づけた。精神と身体、主体と客体の合一を唱え、仏教とキリスト教、さらには心理学や進化論をも一つに総合しようとした大拙の営為は、民俗学者の折口信夫、文学者の宮沢賢治にも直接的かつ間接的な影響を与え、近代日本思想史と近代日本文学史にまたがる創造的な一つの系譜の源泉となった。
10
「日本文化における知と信と技」
荒川 紘
(静岡大学名誉教授)

その目は自然をよく観察した日本人も、知は表現のための言葉に向けており、西行や芭蕉のような自然との一体化を詠む詩歌を好んだ。自然を自然の外から見ることで科学を生んだギリシャ人とは逆である。この日本人の知は信につながる。修験道は神である自然との同化を求めたのであり、本来「即身成伸」をうるのが目的だった。技もそう、縄文時代に始まり、長く採用されてきた掘立柱建築にも自然との調和を理想とした日本人の精神が読み取れる。

11
「内村鑑三による科学とキリスト教」
武富 保
(信州大学名誉教授)

内村鑑三の生涯におけるキリスト教は「無教会」と呼ばれ、聖書の知識を学び、宗派を無視し、日本人と日本の社会を尊重することを特徴としている。この内村の思想は札幌農学校の科学的精神とキリスト教の信仰を根底にしていることは言うまでもない。従って本章は主として内村の札幌農学校時代から卒業後のそれらに主眼を置く。

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