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公益財団法人 日本科学協会

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採択情報・選考総評

2023年度人文・社会系総評

人文・社会系選考委員会委員長

<時代状況を受けた総評>

 日本科学協会の笹川科学研究助成に、徐々に落ち着きを見せ始めているとは言え、新型コロナ感染症のパンデミックという時代状況のなかで、若手研究者による多数の申請が寄せられたことは、今後の日本の学問研究の興隆に寄与するものと、おおいに期待するものです。

 日本のみならず世界全体での、コロナ禍の収束とまではいかなくても、国境を超えた往来を許可する傾向が増加し、今年の申請は、移動を伴う現地調査や対面的なインタビューを必要とする研究計画がやや回復したこと、日本の近年の時代状況を受けて自閉症関連や心・精神をテーマとする申請が今年も一定数あったことなどが、挙げられます。この心理学、人間科学分野では、日本の心理学全体の傾向なのでしょうか、「発達障害」という規定とここからのアプローチがやや過多という印象を受けましたが、他方そこには、福祉と救済の精神が読み取れ普遍性に向かう意欲を感じさせる研究が多かったことは、科学界全体として喜ばしいことだと感じています。ディシプリンも、心理学、教育学、社会学、文化人類学、地理学、歴史学、考古学、文学、政治学、美学、芸術学、経済学、農学など幅広い分野からの応募があり、留学生、女性研究者の応募も例年以上に目立ちました。好ましい傾向として、歓迎します。社会科学で言えば、政治学の応募は増加していますが、経済学系統の応募はもっとあっていいと期待します。

 また、手堅い研究が少なくなく、研究計画も堅実に立案、作成されたものが多かった印象を受けます。その一方で、冒険心に飛んだ立論が少なかった印象も受けます。先行研究をトレースしただけと思われる申請書も存在し、発想の萌芽性・独創性という面においては、些か残念な結果でした。本助成は、人文・社会系の若手研究を支援するものであり、この視点を重視するならば、よりユニークで挑戦的な枠組みを構築してほしいところです。

 新規性、独創性ある研究計画を提案するには、毎日の地道な研究生活の積み重ねが不可欠です。また、時間、予算、移動をはじめとする様々な制約がある中では、実現可能性の高い研究の実施内容、具体的な研究方法を熟考し選択することが肝要です。

 まだ社会の基底に不自由さが残っている時期だからこそ、今一度、研究の実施内容とともに研究目的とその社会的意義を再確認する必要があるといえます。その独自性の説明が専門分野に閉じすぎ微細な説明に限られ、より広い社会性からの説得力や普遍性の付加が求められるなど、いくつか気になる点が出てきたのも事実です。そこで、以下に2023年度申請をめぐって、感想と留意点を記します。

<個別の留意点>

専門説明と普遍説明
 専門性が充分に深められる研究である必要とともに、その意義が多くの人に理解できるように書く必要があります。研究のより広い分野での意義や社会性・普遍性の広がりを意識して、専門の異なる評価者にも理解できるように、独自性や意義をわかりやすく説明する工夫が必要です。心理学や人間科学の分野に、また人文社会分野と言いながら実験など方法論で自然科学の方法をとる研究に、この両面で説得力を持たせようとする、図表使用の工夫や初期理解を企図する詳細説明の努力が多くなされてきているのは、研究の重要性を説くのに良い説明だと、評価できます。一層の両面努力を期待したいと思います。

申請分野
 このような、専門化を深める説明と広い問題関心者にも伝える努力の必要性は、自らの申請分野に齟齬がないか、いま一度、申請者が再考する必要性とも結びついています。一部の申請には、明らかに学術世界で一般に承認される「人文・社会の範疇」を逸脱する研究が見られ、しかもそれが分業を集成した自然科学系の大規模共同研究や研究室全体の資金調達を目的としたと疑われる申請が見られることは遺憾です。自然科学と人文社会科学との距離を埋める説明努力を一層おこなうか、申請分野を変えて申請したほうがよいのではないか、と考えられる申請も見られます。熟慮と対応を期待したいと思います。

独自性と新規性
 独自性・新規性に充ちた問題意識を堅実に深めていく研究を求めています。その意味で、「フランス革命期・ナポレオン統治期にイギリス革命史を読む、書く」や「明治維新と近世中国の政治概念‐幕末日本における宋・明史受容を手がかりに‐」が、また、発想や着眼点が従来にない新規性が高い研究としては、「ハンセン病療養所退所者のライフストーリ‐研究‐各地域における多様な社会関係に着目して」や「紛争処理をめぐる伝承‐中国江西チワン族自治区大山ヤオ族における慣習法に関する法民俗的研究」などが、堅実な手続きをふまえながら、対象化に工夫を凝らすなど今までにない切り込み方を示して高い評価を得ました。福祉学と心理学をつなぐ研究が多く現れ、福祉の枢要性という時代の要請を着実に捉えた研究等に良い研究が増えているのは、新規性ある実践的な切り込みの現れと理解しています。
 当該研究分野で時代の風潮を受けたキーワードを多用しただけの申請は評価が低くなりますし、逆に古典的な枠組みから一歩も踏み出せない申請も評価が低くなります。視点を変えて切り込むなど、古くからあるテーマでも自分の研究観点から再定置し、説得力ある新規性を発揮した申請もありました。

研究計画-内容‐方法の明確化と「マクロビジョン・総合研究達成と単年度申請」
 研究内容は、研究の学術的意義をはじめ、その研究計画が研究者としてどのような好奇心から導き出されたものであるのか、あるいは、人間社会が抱えている様々な課題にどのような貢献をすることができるのかが理解できるものであることが望まれます。その研究の明確性を前面化するためには、「研究の実施内容」欄に、研究内容そのものを列記するだけではなく、研究を実施するにあたっての方法(調査、資料収集、実験、インタビュー、アンケート調査など)を研究内容に沿って具体的に書くことが重要です。時代状況もあって、対面ではではなく、オンラインサーベイによる研究が増えてきていますが、特にアンケート調査ではどこまで有効性を担保できるか、十分な説明をおこなっておく必要があります。
 研究計画について、自分の研究としてスケールの大きい研究や比較研究を持っていていいのですが、本助成のような単年度申請では、焦点を絞る方法も説得力を持ちます。時代思潮を抽出する全体研究のビジョンを示したのち、単年度に実現可能なテーマに集中する工夫を加えるなど、テーマを明確にした研究も説得力ある申請となります。

予算の立て方と研究計画‐図書費、旅費、謝金、論文掲載費
 支出計画では、図書費を漠然と計上している申請が少なくありません。図書館などで閲覧可能と思われる書籍を購入しようとする申請は、評価が低くなります。そこでしか入手できない地方出版物や特殊な出版物など、その書名を明示するなどして、図書資料の購入の必要性を説いて欲しいと思います。アルバイトを使うなど謝金の使用についても、それが本当に必要な助力か十分にチェックされることをお薦めします。基本的に、若手研究者が「自ら汗をかく」研究態度が求められます。また、一般に謝金はその意味が不明瞭になりやすく、「手土産代」と解されないよう注意深く計上する必要があります。研究方法論上、実質的な現地調査を中心に据えるにしても、往復の旅費交通費だけ突出した料金で申請し、他の研究項目に資する出費を計上していないものも、実現可能性が低く評価されます。調査を外部発注する費用だけに巨額の費用が計上されているのも、好ましくありません。比較的大きな予算が必要となるウェブアンケート委託費用や赤外線カメラ・3Dスキャナー・パソコンなどの機器購入費用を計上する際には、その必要性についての十分な説明が求められます。
 書籍の購入、旅費に突出した経費を計上するのも、研究の全体性から見て望ましくなく、研究を支える全体諸項目へのバランスある経費計画が望まれます。巨額の論文掲載料が計上されるのも、論文掲載が研究のアウトプットに属する点から見て、好ましくありません。下に示す学会費も同様で、研究内容を構成し肉付ける実質的な調査や研究活動への支出が基本となります。また、研究計画はまとまって説得力があるのに、計画と研究経費の合理的関連性が乏しい申請は、説得力を欠きます。

予算の立て方‐機器、学会費
 一部に「初めに研究費ありき」で、研究の学問的意義を図りかねるものも散見されました。機器の購入は、基本的に研究室や大学で用意してほしいものと考えています。支出計画を作るときには、調査や研究行為の頻度や場所、所在地、個数、機器の使用、そこに行くことの必要性など、研究計画をもう一度見直し、研究計画と支出計画に整合性があるかを確認してください。支出計画で、もう一つ問題とするのは、学会参加費や学会年会費に当てる費用支出です。複数学会への参加で著しく多い学会旅費を計上している申請がありました。学会参加は、発表するとしてもそれは研究のアウトプット行為であり、「一般的な」情報収集の行動であり、研究そのものを構成し創りだす主たる活動や調査ではありません。笹川科学研究助成の人文・社会系の選考委員会では、学会参加費や学会年会費などは、投稿料も含めて、国内・海外を問わず、研究調査の支出項目としては優先度が低いものと考えています。ここでは多くの場合、研究計画に書かれている研究を深める内容と支出が一致しておらず、厳しい採点になるのは避けられません。パソコンソフトの購入も研究主題からすれば、周辺的な支出と判断します。研究内容の充実・発展そのものを形作る中心的で不可欠の研究活動への支出を堅実に組み立てていかれることをお薦めします。


 以上の点を留意され、学問的意欲にみち誠実で独創的な研究申請を今後も行っていただきたいと期待します。さらに、この世界的病疫による生活様式の変化を経験中であることに注目していく必要があります。自然災害や地球環境の変化やパンデミック経験により、現在、私達のライフスタイルに様々な変容が起こり、またそれが求められているところもあります。このような新時代‐新状況に対応した、新たな研究課題の発掘・展開にも期待したいと思います。

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