生物系選考委員会委員長
生理・発生・分子・生化・遺伝などの分野
今回の申請の特徴として、近年様々な解析方法の進化に伴ってゲノム、RNA発現、タンパク質構造などについて膨大な生物学的な情報が集積されてきたことを背景にしたものが目立ちました。膨大なデータを処理し理解するために純粋なバイオインフォマティクスに基づく申請、バイオインフォマティクス先導型の申請、汎用性が広がったAlphaFoldを用いてより適切な候補分子を絞り込みin silico解析を行った上でwet実験を行おうというもの、新たなアルゴリズムを開発しゲノム配列の公開データから抽出した特定の生物活性を有する可能性のある配列を細胞に戻して検証するといった申請など、今後さらなる進展が期待されるものが増えました。さまざまな情報を引き出すことができる時代であることをぜひ活かしてください。
他にも意欲的なものとして、DNA編集技術の改良や、DNAの高次構造やクロマチン構造を操作することによる転写制御に関わる新規技術の開発、mRNA局在メカニズムの解明、生命の誕生や進化に関わる根源的な問題、生死の鍵を握る因子の追求を扱おうとしている申請がありました。生命の研究には様々な視点がありますが、旧来の実験技術を用いながらも独自の視点を取り入れることにより古くから知られている生命現象の理解に突破口を開こうとする申請、階層性を超えて特定の組織だけでなく細胞内構造あるいは個体全体、個体から種全体に目を向けて現象の根本原因を掴もうとした申請など、新たな流れを感じました。
少子高齢化や不妊治療に関しての補助金などに影響されたのでしょうか、女性不妊に関する研究課題も多かったように思います。現象から遺伝子研究に持っていく堅実なやり方が多く見られましたが、その後の治療を見据えて大きな枠でのびのびと研究課題を考えていただいても良いかと思われます。
申請書について、いくつかコメントします。対象生物、現象、研究手法のどれかに特徴があると研究の独創性が理解しやすくなります。例えばモデル生物を扱う内容も多いのですが、対象とする現象もしくは解析に用いる手法のいずれかで、他の申請と差別化できる点は何かをアピールできているでしょうか。「他に誰もやっていない」ことを挙げている申請が多いのですが、それは研究としては最低ラインでしかありません。研究の背景を説明する際、従来の研究を紹介するだけでなく、これまでやられていなかった点は何でしょうか、その点が自分のやりたいことと一致しているかなど説明できているでしょうか、技術的な理由でその問題解決が過去になされていなかったのであれば、それをどのように解決しようとしているのでしょうか。
申請を拝見して困惑した点を述べます。申請書に所属研究室のHPやプレスリリースからコピペをしている例や、過去に同じ所属研究室から申請された内容の単純な焼き直しの例が見られました。所属研究室だから許してもらえるだろうと判断されているかもしれませんが、著作権法上の問題を生じかねない行為です。非公開の文書にも、著作権法は適用されることを理解してください。本助成では研究室の研究の方向性に縛られない、申請者のオリジナル性を期待していますので、その点も考慮してほしいと思います。過去の本助成を受けた方が再度申請を出されて以前の本助成による成果や関連性が述べられていない例がありました。助成を受けた効果がなかったのか、本人が報告書・申請書を書いていないのかなどと思わざるを得ませんでした。
コロナが一段落し5類に移行して以降、学会などの集会が通常通り開催されるようになりました。国内外を問わず学会等に参加して自分の研究成果の発表を目標にしている方も多いかと思います。是非、本助成を有効に利用してみなさんの研究が益々発展することを願っております。
分類・生態・農・水産などの分野
本年度も、意欲的な申請課題が多く、選考には大変苦慮しました。研究領域も現生生物の分類学、生物地理学、生態学、農学、生理学、行動学・系統分類学などに関する幅広いものとなっており、大変心強く感じました。
本年度の申請された研究の中には、気候変動や環境変動に基づく植物の変化や適応などを明らかにする内容のものが増加しており、環境と生物との相互関係の解明が今後も重要な研究となる印象を受けました。研究手法には次世代シーケンサーを用いたDNA解析がかなり見られるようになっていますが、一時期とは異なり解析手法の新しさのみを主張する研究計画が無くなったのは喜ばしいことです。また、同じ現象でも、違う視点から見直してみるという課題提案もあり、今後はこのような課題が増えていくことを期待したいです。そのためにも、自然を見る目を養い、当たり前のことでも疑問を持つという習慣を持つことも大切だと感じました。
採択に至った研究は、いずれも研究の視点がユニークであり、研究計画もしっかりしており、実施計画と支出計画の対応関係も明確な内容となっていました。しかし、一方で、採択に至らなかった申請については、以下に留意事項を示しますので、来年度以降の申請の参考にしていただければと思います。
研究タイトルが抽象的であったり、実際の調査、実験に対して大きすぎたりするものがありました。さらに、不明瞭な研究タイトルの申請では、得てして非常に狭い研究領域の人にしか理解できない申請内容となっている傾向も見られました。研究分野が細分化される現在、特定の分野における当該研究の重要性と、申請者の持つ関心は書けているものの、その申請内容が客観的に見ても価値が理解できること、少し視野を広げて異分野の人でも、その価値を理解できるような申請書の書き方が大切と思いました。
若い研究者の方々からの申請が多くなっていることは大変喜ばしいことです。しかし、研究経験の少ない学士、修士課程の学生の場合、申請者独自の発想ではなく、所属する研究室で実施している研究の一部を担うと思われる研究テーマ設定や研究実施計画が見られました。そのためか、申請者がきちんと生物学あるいは進化生態学としての面白さを捉えて申請に及んだかが、疑問視されるものもありました。もちろん、若手であっても、自身が解明しようとする生物現象と、その意義について熱意を持って真摯に提案されていたものは高く評価しました。
本年度の申請に限らず、近年の申請では、多岐にわたる研究領域において遺伝子情報を利用することが常套手段となっており、これは遺伝子解析が比較的安価に外注できるようになってきたことも大きく影響をしていると思えます。研究予算に関しては、遺伝解析の委託費用も当然必要な事項と思いますので、実際のサンプル数や、解析に必要な数であるか、きちんと研究計画との関連性の中で、予算を組み立てて欲しいと思いました。ただし、支出経費の大半がDNA解析やクリプトーム解析に充当される申請に関しては、創意工夫が必要と思えました。また、経費の中に高額の備品購入や同じ備品を複数購入する申請も見られましたので、単年度の申請として妥当な計画を立ててください。一方で、当分野の研究では、野外調査が研究の基礎をなすものも多く、それに関わる費用も当然必要とされるものと思います。しかし、その調査費用がどのように算出されたのか(調査計画との整合性)も丁寧に示してください。
本年度も海外での野外調査を含め、外国の生物を研究対象にしている申請がありました。当分野では、ここ数年、生物多様性条約のABS(Access and Benefit-Sharing)に関わる法令遵守の必要性を強調しており、ABSを遵守し、申請前に研究を行う予定の相手国の研究機関と申請者の研究機関の間で共同研究契約書(MOU)が締結されおり、海外調査を積極的に実施する研究が見られたのは、これまでの総評での指摘の効果と思われます。しかし、興味深い研究でも、残念ながらABSをどのようにクリアーするかが示されていない申請もまだありました。さらに、注意していただきたいのが、ABSへの対応は海外におけるフィールドワークでの研究対象生物ばかりではなく、国内のペットショップから入手した(あるいは継代飼育した)生物を研究に用いる場合でも(目的外使用となりますので)必要になります。ABSをクリアーしていないと、研究課題が採択されても研究を遂行できないのみならず、研究結果を論文として公表できない場合があります。ABSに関わる研究に関しては、手続きがどの段階まで進んでいるかについても、申請書の中で具体的に述べることが重要です。